
1. 基本情報
林 裕也(はやし ゆうや)
生年月日:1987年4月6日
出身:北海道
打席:右投左打
ポジション:セカンド
2. 経歴
3. 04、05の夏の甲子園
今から20年前の2005年夏。林裕也は前年チャンピオンのキャプテンとして甲子園球場に戻ってきた。余談になるが、開会式を見に行った筆者の姿が小さくその日の某新聞社の夕刊に写っていて、ちょっと嬉しかったことを覚えている(今も実家で保管中)。
遡ること1年前。南北海道代表として出場した駒大苫小牧は佐世保実業、日大三高を破って順々決勝に進出。準々決勝で対戦した横浜のエースは涌井秀章(中日)。この試合、7番セカンドで出場した林は史上6人目のサイクル安打を達成する活躍。林の活躍で横浜を下した駒大苫小牧はそのまま初優勝を飾ったのであった。
連覇を狙うべく、甲子園に戻ってきた林は1番バッターとして躍動。初戦の聖心ウルスラ学園の第一打席からツーベースヒットを放ち、チームに勢いをつける。3回戦の日本航空にも圧勝したチームは準々決勝に進出する。
ベスト4を賭けた試合の相手は鳴門工業。開幕試合を圧勝してから勢いに乗る渦潮打線に、初回から2点を先制されるが、その裏に林が初球を弾丸ライナーでライトスタンドに放り込みすぐさま反撃する。しかし、田中将大(巨人)は7回までに6失点。この時点で1-6となり、誰しもが「駒苫もここまでかあ」と感じていたと思われる。しかし、王者の本領発揮はここからであった。ここまで抑えられていた相手左腕の田中暁を打線が捉える。林もレフトオーバーのタイムリーを放ち、流れは完全に駒苫に。メガネが印象的な本間のタイムリーで同点に追いつくと、岡山の犠牲フライで遂に勝ち越しに成功した。その後は鳴門工業に得点を許さず、大逆転で準決勝に進出した。
準決勝は優勝候補の大阪桐蔭。平田(元中日)、中田翔(中日)、辻内(元巨人)らタレント軍団との一戦は5-5のがっぷり四つのまま延長戦に。尻上がりに調子を上げていた辻内に抑えられていた駒苫であったが、ここでも林が突破口を開く。10回表の先頭バッターとして登場すると、左中間を破るツーベースでチャンスメイク。すると、3番辻がタイムリーを放ち、これが決勝点。ついに夏の甲子園連覇に王手をかけた。
京都外大西との決勝では、この試合前まで無失策の駒苫にミスが出るが、全員野球でカバー。林も送球エラーで一時同点のきっかけを作ったものの、試合は5-3で勝利。見事に連覇を達成したのであった。チームメイトに対して「最高だ!」と叫んだインタビューの姿は、連覇の喜びと重圧から解放された安堵の気持ちが混ざり合っているように見えたのを覚えている。

2024年からは駒澤大学野球部のヘッドコーチに就任。高校時代の恩師である香田誉士史監督と共に、指導者の立場からチームを支えている。
4. 査定


5. 査定ポイント
(基礎能力)
・ミートC62:甲子園通算打率は6割近く、コンタクト能力は高い。
・パワーE48:金属バットとは言え、甲子園のセンターバックスクリーンにホームランを放つなど、パワーはまずまず高め。
・走力B73:足は速め。
・肩力E47:肩はそこまで強くない印象。
・守備力C64:送球は不安定だったが、守備範囲自体は広かった。
(特殊能力)
・チャンスメーカー:聖心ウルスラ戦の初回や大阪桐蔭戦の10回などは先頭バッターとしてチャンスメイク。切込隊長の言葉が似合う1番バッターとしてチームを牽引。
・流し打ち:強振時は引っ張り、出塁を狙うときは逆方向に流して打っていた。
・粘り打ち:2ストライクに追い込まれてからのヒットが多かった印象。
・送球F:当時の香田監督曰く、イップスになっていた模様。
パワナンバー:12700 20997 67153
